side of the moon

その2




「おまえ、終わったらダッシュで学食の席取りに行けよ?」
あと10分ほどで講義が終わろうという時、崎山がおれに耳打ちした。
「なんでおれなんだよ!」
「優くんに学食のうま〜い定食食べさせてやりたいやろ?それに早く食べ始めへんとゆっくりでけへんで。
午後イチはレポート提出なんやろ?」

崎山ってずるがしこいというかうまいというか・・・
麻野の名前を出されればおれが嫌だなんて言えないのをわかっていてこういう言い方をする。

そしておれは、崎山の言うとおり学食の場所取りのためチャイムと同時にダッシュするのであった。





********





うまい具合に学食の隅のテーブルを確保したおれは、ノートやら何やらを広げ、席が開くのを待つ学生の白い目に耐えながら、ふたりが来るのを待っていた。
崎山は、麻野に対するおれの気持ちを知っている。
そして、何かあったら頼って来いとまで言うくせに、いつも麻野にベタベタくっついてはおれの神経を逆撫でする。
麻野が迷惑しているならまだしも、麻野も結構崎山のことを気に入っているのがわかるから、おれはすっきりしない。
ほんといいヤツなんだよなぁ、崎山は・・・
ルックスはおぼっちゃま風で上品ささえ漂うのに、口を開けば関西弁で話し上手だ。
真っ直ぐな気持ちのいいヤツで情に厚い。

一緒にいても全く気を使うことのない、さっぱりした性格の持ち主。
おれは、崎山の魅力を十分すぎるほどわかっているから、麻野が崎山に惹かれやしないかと不安でたまらない。
そのくせ、告白する勇気のない臆病な自分が、好意を隠さず麻野に近づく崎山に比べ、情けないと自覚させられるから、そんな自分にイライラするのかも知れない。
「お〜いい場所ゲットしたな〜ここなら長居できるわ。ほれ、優くんここすわり」
声のほうに顔を向けると、崎山が麻野を連れて立っていた。
「お待たせしてすみません。これでよかったですよね?」
ざわざわと騒々しい学食に落ち着かない様子で、麻野はおれにクリスタルのファイルを差し出した。
「おれこそ、ごめんな。すっげえ助かったありがとな」
笑顔を向けると、はにかんだようににこっと笑った麻野に、おれはドキリとした。
むさくるしい学生の中で、麻野だけが別世界にいるようにかわいく見える。
見えるっつうか、実際かわいいんだけど。
「優くん、何食べたい?もちろん三上のおごりやさかい、何でも好きなもの食べたらええで。自分で好きなもの選ぶねん。選びに行こうか」
崎山の呼びかけに、おれが椅子から立ち上がりかけると、当たり前かのように崎山が口を開いた。
「全員で行ったら席取られるやん。先選びに行こ、優くん」
おれから千円を奪い取り、さっさと麻野の背中を押して惣菜が並ぶカウンターへと消えて行き、おれは憮然とそれを見送っていた。





********






麻野は、筑前煮とほうれん草のおひたしに鮭の炊き込みご飯を選んできた。
「そんなんでいいのか?」
「和食な気分だったんで・・・・・・」
逆に、崎山はから揚げだのチーズフライだの揚げ物ばかりを選んでいる。
おれの金で高いものを食おうという魂胆が見え見えだ。
「待ってたるさかい、はよ選んで来いよな」
それだけ投げかけて麻野と話しはじめた崎山を尻目に、おれは立ち上がり、ぱっぱっと適当に昼メシを選んでテーブルに戻ると、麻野のトレーにフルーツババロアを加えた。
「ここの、うまいから。デザートな?」
おれの方に顔を向け、目を見開いてうれしそうに笑ってくれただけで、おれは有頂天になる。
おれたちは、ようやく目の前のメシに箸をつけた。
「やっぱ大量で調理されるから何でもおいしいやろ?」
崎山の言葉に、笑顔で頷いて答えている麻野は、楽しそうだった。
「このチーズフライ食べてみ。めっちゃうまいで〜」
崎山は自分の皿から麻野の皿にオカズを移しては、ちろりとおれを見やる。
挑発しているのか〜?
「かわりにこれ頂戴っ!」
そう言っては、麻野の皿からなにやら奪っては口に運ぶ。
ふたりのやりとりを正面から見ていると、それはアツアツの恋人同士の食事風景・・・のように見えなくもない。
おれも麻野に・・・と自分の皿を見て後悔した。
カレーに茶碗蒸し。
適当に選んだために、簡単に分けられそうなモノじゃなかった。

おまけに、黙々と食っていたため、もう半分以上は腹の中におさまってしまっている。
「先輩、この筑前煮、すごく味が染みこんでておいしいですよ?先輩れんこん好きですよね?」
おれの前に筑前煮の器を差し出した。
「いいの?」

にこりと頷く麻野に、おれはれんこんを・・・
あ〜箸がないっ!カレーだからスプーンしかない!でも手でとるのも・・・

「はいっ」
困っているおれを見てとったのか、麻野がおれに自分の箸を貸そうとした時・・・・・・
「三上っ、箸持ってきたったで」
割り箸がおれと麻野の視線を遮断した。





********





「優くんっ、今から何か予定あるん?」
あらかた食べ終わった頃、崎山が麻野に問いかけている。
「いえ、今日はバイトも休みだし・・・・・・」
まさか・・・崎山、麻野をどこかへ連れ出す気か・・・?
「ほんまに?ほならおれとプラネタリウム見に行こうや!」
一緒に行く人いいひんくて困っててんなんて言いながら、カバンからチケットを取り出す。
「うわっ、今日までやん!科学館やったらすぐそこやし・・・優くん興味ない?」
な〜にが興味ない?だよ!
麻野がそういうの好きだって知ってるくせに・・・
そして麻野が誘いを断れないたちであることも知ってるくせに〜〜〜!

「でも・・・・・・」
麻野はちらりとおれに視線を投げかけた。
どういう意味なんだろう?助けを求めているのか、了承を得ているのか・・・

「じゃあ、おれも一緒に―――」
「三上はレポート提出の大事な講義があるんやろ?おれは昼から休みやし。せっかくここまで優くんが来てくれたんやから、おれが三上のかわりに遊びにつれちゃるわ!なっ、優くんっ、ええやろ?」
再び麻野はおれをちらりと見た。
その訴えるような視線におれは数日前の夕食時のやりとりを思い出した。



『あっ、科学館でプラネタリウム・・・神秘の月大特集・・・・・・』
『ふ〜ん、麻野ってそういうの好きだよな』



たったそれだけの会話だった。
おれは、今度連れていってやろうと心に決めていたのに・・・すっかり忘れていた・・・しかも今日までだって?
麻野は夜の空が大好きで、よく天を仰いではぼーっと眺めている。
天に召された家族を思っているのだろうか、そんなときの麻野は消えてしまいそうなほど儚くて、抱きしめたい衝動にかられる。

あ〜今日までか・・・・・・
「麻野、見たいって言ってたじゃん。連れてってもらえよ」
おれは、そういうしかなかった。
麻野が少し悲しそうにわらったように見えた。

                                                                       





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